吉野家戦争

f:id:kavaoblog:20200611165133j:image

 

 

上堂は僕たちにとって思い出の場所だ。

暑い日も、寒い日も上堂を拠り所とする僕たちは、無意識のうちに足を運んでしまう。

特にも、「吉野家」あそこは格別だ。

話し合いの時、友達の誕生日、思い出の断片にはいつも「吉野家」が映り込む。

「最近いってないな…」

頭の隅に追いやられた僕たちの「楽園」。

あたりまえの日常がそうさせていたのだ。ーーー

 

 

 

 

「緊急…………!き………たい発生!………しょ…か…領地が、何者かし………され…ます!」

遠くの方が騒がしい…

重い瞼を擦り、床に張り付いた背中を無理矢理剥がし起きる。

ほんの少し窓を開け、外に耳を傾けた。

「緊急事態発生!緊急事態発生!所轄する上堂の領地が、何者かに進撃されております!」

僕は耳を疑った。まさかあの上堂が…よりによって上堂が…ーーー

 

 

 

 

2020年6月10日、緊急事態を告げるサイレンとともに僕たちのあたりまえが崩れた。

聞くところによると、敵である吉野家ホールディングス軍に上堂を占拠されてしまったのだ。

「どうしますか?」

吉野家ホールディングスは手強い。上堂を奪還するためには、多少の犠牲はやむを得ない。…」

「犠牲ってまさか!?」

それ以降誰も口を開くことはなかった。いや、開けなかったのである。

元々上堂一帯は、謎の流行病で崩壊寸前だったのだ。そこを、吉野家ホールディングス軍につけ込まれた。

吉野家だけは取り戻したい。しかし時すでに遅し。

やるせない思いが、作戦会議室に広がる。

吉野家が自分たちにとって、こんなに大切な物だったとは…

大切なものは失ってから気付く。

いつの間にか、自分の頭の中は吉野家一色に染まっていた。ーーー

 

 

 

 

6月23日

僕たちの楽園は1枚の貼り紙で幕を閉じた。戦争に負けたのだ。

目を閉じれば、其処彼処に広がるオレンジの情景、柔らかな香り。

2度と感じることはできない。

これから生まれてくる生命は、「楽園」の存在すら知らずに生きる。

思い出は時間と共に薄れて、そして、この戦争すらも、吉野家の思い出と共に消える。

しかし、僕達がいたと言う事実。過ごした時間は決してなくならない。

だからこそ、自分達が語り継ぐべきなのだ。

そこに、吉野家があったと言うことを…